相模国国府について

相模国国府について

大化の改新により全国に政務を執り行う役所「国衙」が設置されました。また、国衙が置かれた場所を「国府」と呼び、中央集権体制が確立されました。
その後、全国は大国・上国・中国・下国の四等級に分けられ、相模国は二番目の上国と定められました。また、その国の行政官として国司が中央から派遣され、国司は国内の行政・司法・軍事の統括は勿論のこと、神社の維持管理・祭祀の執行も担っておりました。
相模国の場合は、数か所の変遷を経て、六所神社の鎮座地である柳田郷に国府が置かれました。
『吾妻鏡』治承4年(1180)10月16日条に「相模国府六所宮に到り給ふ」とあり、地名も柳田郷から国府と呼ばれるようになり、現在もこの地域は大磯町国府本郷、国府新宿といった地名となっております。

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